2004年05月24日

法科大学院と新司法試験

法科大学院の授業が始まって一ヶ月半が経ちました。東大での導入講義にあたる「法学入門」という授業も、先日で全15回の講義が終了しました(因みにこの授業、僕のクラスの担任は今年から学習院大学より東大に移られた神作裕之先生だったのですが、非常に興味深い内容でした。この中味などについてはまた後ほど整理したいと思います)。で、ちょうどこんなタイミングで、今朝(2004.5.24)の日経新聞本紙(18面)に法科大学院と新司法試験制度についての解説記事が掲載され、その中に僕自身のコメントも引用されていたので、これについて、僕の今の考えを少しお話ししたいと思います。 法科大学院の創設を含めた今回の司法試験制度改革の概略とそれが含み持っている問題点については、この今日の日経の記事がコンパクトによく整理してくれていると思います。要すれば、これまでは年に一度行われる司法試験という超難関(合格率2〜3%)試験に合格さえすれば誰でも法曹資格を得ることが出来るという制度だったので、予備校に通い詰めるなどしてテクニカルにこの試験にパスするためだけの勉強に終始するような学生がたくさん出てしまい、合格者の教養や視野、社会経験(仕事をしたことがあるかどうかだけでなく、人間との付き合い一般をどれだけして来たか等も含めて)などの面で偏りが出るという弊害が目立ってきたので、法科大学院という新しい教育機関を作り、そこで2年から3年の期間をかけて法曹に要請される基本的な素養を十分に身に付けてもらえれば、例えば今の医師国家試験のように、卒業生のかなりの割合が資格試験をパス出来るような仕組みにしようというのが、今回の制度改革の一つの眼目でした。
 しかしながら、報道されるところによれば、これまでその超難関試験をパスすることにより、日本の法曹関連の仕事をごく限られた少数の人間で受け持つという既得権を持っている現在の弁護士会が法曹人口の急増に強い難色を示したことにより、今回の制度改革でも結局最終合格者数の上限を定める定員制が維持されてしまいました。このため、初めての新司法試験となる2006年度は、いわゆる既習者枠で2年間で卒業する人だけしか受験出来ないという特殊事情もあって合格率が65%程度とこれまでよりも大幅に高くなるのですが、翌年以降は、未習者が加わり、さらに前年までの不合格者も受験してくるので合格率は一気に3割前後まで下落し、数年後には2割以下まで下がってしまうのではないかと予測されているという訳です。

 ここで今日の日経の記事の中での僕のコメントに戻りますが、記事では「『(理論重視の東大の)授業だけでは新司法試験に受からない』とこぼす」というようなコメントが出ていて、これでは、「大学院側は試験に受かるような授業をやってくれ」ということを希望しているように読めてしまうのが気になるのですが、僕の真意はむしろ逆で、「大学院できちんと勉強した内容や経験が報われるような試験制度の実現を目指すべきだ」というものです。

 これまで法科大学院の授業を受けてみての感想は、一部の例外を除き、先生達も法科大学院という新しい場での教育にかなり真剣に取り組まれて色々な新しいことに挑戦しようと努力されており、また生徒側のモチベーションも非常に高いので、特に学年が上がっていくにつれて発展的な学習をしていくのがとても楽しみだという感じです。とりわけ、現役学生時代運動部活動に明け暮れて全く勉強をしていなかった僕としては、法律の勉強に対して新鮮な面白さを感じ始めているところでもあります。
 しかしながら、現在想定されている新司法試験は、上記の通り結局合格定員に縛られた相対評価の試験であり、かつ評価の対象は限られた試験科目における4日間での筆記回答結果に限定されるので、ここで定員以内に入るパフォーマンスを発揮出来ない限りは、大学院でいくら内容の濃い勉強をしたり、経験を積んでもそれらは無駄になってしまいます(もちろんこれらの内容が試験でのパフォーマンスにプラスに働く部分も少なくはないでしょうが)。「点における評価ではなく、プロセスによる評価を実現しよう」というのが、今回の法科大学院構想の一つの主眼でもあったはずなのに、これではむしろ逆行する傾向さえあるように思えます。
 結局試験で定員の範囲内に入らなければその後の活動資格を得られないのであるとすれば、試験でのパフォーマンスだけの向上に集中する学生が輩出されても仕方がないでしょう。そしてこうした学生の数が一定数以上になってくれば、資格を取った後のことまでを見据えて深い勉強をしていこうとする本来望まれるべき学生の態度を維持するのはなかなかきつい話しになってきてしまいます。大学院のシラバスを見ると、基礎的な勉強を終えた3年次に、知的財産法、金融法、国際取引法、法と経済学、さらには倒産処理や模擬裁判、法と交渉、など、専門的で発展的な分野や、実務に直結しそうな興味深い科目が並んでいます。しかし、この3年次には、総受験生の中で上位2〜3割に入らなければならない(しかも、前年度に不合格となって背水の陣で準備をしてくる人達の総数がこの合格定員数を軽く超えるようになってきます)資格試験の準備をしなければならない期間にあたり、なおかつその試験では、これらの興味深い科目の内容はほとんど問われることはない訳です。これは、新しい教育に熱意を持つ学校や先生にとっても、これから法曹の世界に入っていこうとする学生にとっても、そして質の良いリーガルサービスを求める社会全体にとっても大いにマイナスであると思います。

 一旦決まってしまった制度はそう簡単に変えられるものでもないのでしょうが、誰かが声を上げていかないことには、いつまで経っても変わらないままです。最も深刻な利害関係者である僕を含めた学生(受験生)自身が、早くから声を上げていくのはとても重要なことではないかと思っています。具体的にどう変えていくように提案すべきかは、もう少しゆっくり考える必要があるでしょうが、取りあえずまずは「合格者の定員制を廃止する」こと。ここを出発点に考えれば、色んな形が見えてくるのではないかと思っています。確かに、これまで日本が持つ世界に誇るべきロースクールといわれた(私はその内実はまだ全くよく知りませんが)司法研修所の収容能力の問題はあるのでしょうが、これに縛られているのは本末転倒であり、真剣に考えればこれを乗り越える対策はきっと可能なはずであると思います。
 今回の記事をきっかけに、取りあえずクラスメイトの人達にこのような考えを伝えてみたのですが、賛同してくれる人達も結構いるようです。また、大学の先生達も同様に考えてくれる人達が少なくないという感触を得ることが出来ました。自分自身の勉強や仕事に追われる毎日でなかなか時間を取ることは難しそうですが、制度を改善していくことに多少でも役に立てることが出来たら良いなと思っています。
posted by Takao at 23:44| Comment(1) | Law
この記事へのコメント
中村さん、ご無沙汰してます。
先日試験を受けてみましたが、雰囲気に圧倒されてしまいまして、なんだかボクは場違いだなぁなんて思ってしまいました。
そんなわけでボクもいよいよロースクールが視野に入ってきましたので、お会いする機会がありましたら、いろいろとお話を聞かせてください。
Posted by 福本哲也 at 2004年05月27日 17:36