2002年02月12日

「社会起業家」という言葉

去年の春頃から活動を始めて今も細々とつながっているNPOで「iレボリューション・ネットワーク」というのがありまして、そこでの活動が縁で色々とお世話になっている松山太河さんから昨日教えてもらって見つけたのですが、HotWiredに「社会起業家という生き方」という特集が出ています。この「社会起業家<ソーシャル・アントレプレナー>」という言葉、実は、さっきのiレボリューション・ネットワークでボードメンバーになって頂いたETICの宮城治男さん(HotWiredの特集にインタビューが出ています)や、アースセクターの金野索一さんとお話しをするまでは、恥ずかしながら僕はその言葉の存在すら知りませんでした。

「社会起業家」という翻訳語そのものについてはちょっと違和感があるし、直感的でないので、この言葉のままで広くみんなに受け入れられて、このような生き方がきちんと認知されていくきっかけになるかというと、若干の頼りなさを感じていますが、その根底の考え方は、僕の中にあった漠然とした大きな疑問に対する解決の重要なアプローチの一つなんだろうなあと感じでいます。

この特集の中には、例えばこんな発言が出てきます。
「大学で研究していたのが、経営分野と医療・福祉分野でした。僕はよく、NPOの活動を海岸のゴミ拾いに例えるんですけど、汚いなと思ったものを、一人が拾い始めて、それを見ていた人がまた参加して、それがどんどん広がっていくと、社会にある問題に対する意識が繋がっていって、運動として広がっていく・・そういう部分でやっていきたいなと思うようになったんです」
「ソーシャルアントレプレナーが活躍する社会では問題はいつまでも問題ではなく、彼らによって解決されるのを待っているビジネスチャンスだともいえます」

「社会的に意義のあることをしたい」と強く思っている人達が、自分の周りの社会的な問題に対して、その場に応じた効率的な手法でそれぞれ解決を試みていく。しかも、それが「自己実現」という個人にとって最高の報酬によってインセンティブ付けられ、かつその成果による環境の改善によってメリットを享受する人達からのリターンが得られることによって自らの生活の基盤も確保することが出来る。そして、こうした多種多様なバラバラな活動が有機的に絡み合い、成果を出していくことによって、みんなにとって住み良い地球が効率的に形作られていく。そんな世界は、とても美しいナすよね。

ただ、まあ世の中そうそう甘いものではなくて、このような美しい循環がそう簡単に立ち上がっていくものではないと思う訳ですが、少しでも、こうした「より多くの人達の生き甲斐に裏付けられた行動力と、自分の生活する現場に根ざした知恵」というものがうまく活用されて社会にプラスの効果を生みだしていくような仕組みに近づけるような努力をしていかないと、単に税金をかき集めて、限られた人達の判断に頼ってそれをばらまくという手法だけでは早晩社会が破綻していってしまうことが見えてきているのかなあと思う次第です。

話は変わるのですが、今日、手元に届いた「ojo<オッホ>」(読売新聞社広告局マーケティング部発行)という雑誌に、「パラダイムの変化を読む」という特集で三井物産戦略研究所所長寺島実郎氏のインタビューがあり、パラパラと見ていたら、こんな話が出てきました。

アメリカでは、年一回の確定申告時に、源泉徴収されて終わりというのではなく、その時に必ず、「あなたはどういうNPOとかボランティア活動とか、あるいは寄付活動とかに参加しましたか?」と聞かれるのだそうです。そして一年目はそんなこと何もしていないので、「自分はこの地域社会に何も社会貢献していない人間なんだな」と思い知らされる。二年目からはそれじゃまずいというので、徐々に寄付活動を始めてきて、十年もすると収入のうちの何パーセントかは寄附していないとみっともないみたいな話しになるわけだ、、、と。

これは、「せめて一人一つくらいの社会貢献的な仕組みの中に参画していない人間は大人とは言えないんだという考え方が大切だ」というような文脈の中で出てくるのですが、先に触れた「社会起業家」が社会で活躍することのメリットにもつながる部分があるように僕は感じました。何も自ら「社会起業家」として活動まではしなくても、自分の収入のうちの一部を、単に税金として国に払ってその使い道を一任してしまうよりは、自らの身の回りで最も社会的に意味のある使い方をしてくれそうな活動に寄附をすることをバックアップするような仕組みを作っていくことは、きっと総体的に社会にとってプラスに働くのではないかなぁと、直感的に思う訳です。
posted by Takao at 11:44| 政治・経済・公共政策